ふぅむ

子供に手を上げて凹んでる友人がいるわけだが。

確か私の「黄色デビュー」のネタは体罰についてであった。
私は体罰推奨スタンスであった。とはいえ数日前の蝶野が言ってた体罰推奨論と
まるで同じで 何も「ボコボコにしてやんよ!」ってな体罰では勿論ない。

私の世代は親といい教師といい体罰に対して寛容な時代であった。
教師が角材で頭殴ったり 教室中引き廻しのうえ獄門みたいな壮絶なボコボコも
あって クラスがまさに全員ガタガタブルブルなんてのは日常茶飯事であった。
そしてその数年後に金八先生の腐ったミカンのあたりになるのかな?
校内暴力という生徒側の反抗が始まったことでケンカ両成敗みたいに暴力は収束
したように記憶している。その頃には私はもう新宿あたりで酒呑んでいたが。

今でも思うが言葉が理解できない子供のうちは獣と同じで行動心理学よろしく
苦痛を伴う教育があっても是じゃないかと。その苦痛の度合い次第だわなと。
暴力は短絡的だが バカと鋏は使いようってまさにそういうことだと思う。

このところ思い出してたけど 子供叩いて凹むようじゃ至って健康的だろと。
自分は幼少から天邪鬼で意地っ張りだったから滅多なことでは泣かなかったが
ウチの親父は帰ると泣くまで暴力を振るった。思い通りになるにつれ笑っていた。
手を下す方も周りで見ている奴等もまさに(・∀・)ニヤニヤだったことを思い出した。
毎日酒呑んで帰って癖が悪かったのも原因ながら 酒呑みにも世間は寛容だ。

天邪鬼は天性のものかと自覚していたが どうやらおのずとそうなっていったのは
体罰とも言えない飼育の賜物だったように思う。まったく世の中めでてーや。
誰も子供のいうことなど聞かず 助けてくれる奇特な人もいなかった。
嵐の中は意識を無にすることを覚えることしか助かる術などないんだわね。
でも手が飛んでこなくなると次は言葉の暴力にシフトしていくだけでしかない。

改正児童虐待防止法案が衆院通過というニュースを昨夜ちらりと見た。
そりゃ如何にも判りやすいDQN親ならこの法案も有効性はあるのだろうけど
虐待をするような親は見かけがDQNばかりではないし うまくやるだけだ。
今も呪詛を胸に抱えながら苦しんでいる子たちがいるのだろう。
そんな子たちを救い上げてあげることは出来ないものか。糞NPOか?w
何か手助けになるようなことが出来ないものかともどかしい数日だったりする。

2〜3歳児になぁ。やっぱり親の死など悼めんわ。死に際に何かしれば良かった。