死後の世界(違

そんなもんに興味はないけど まるで悲壮感はなく死後のことばかり考える昨今。
実家のシマツに労力を使い果たしてるから余計に思うのだが 私が死んだら私の
後始末する人はいない。実家のようなゴミ屋敷ではないけれども どのみちすべて
誰がしかが私の後始末をつけなければならない。

ウチの親あたりは子供がやって当たり前だと思っている。産廃にいくら掛かろうと。
冗談じゃないと日々憤っているわけだが これって実際やると銭金の問題だけと違う。

去年実家の本棚の処分で詰まった本の行き先を考えた。まぁ古本屋だなと。
欲しい人がいたらあげるのはやぶさかじゃないが 選ばせて中途半端に残った挙句
また処分とか時間の無駄でしかない。しかし古本屋に持っていくのも手間である。

そこでブクオフの宅配を頼んだ。って簡単に言うけど他にも色々片付けながら
段ボールに本を詰めるだけでも かなりの労力。
なんとか詰めるも引取りを頼み待っている時間もなく外に出しズルズル数ヶ月。
これはいかんと実家にいるフリして急に出掛けたんで出しといたから持ってって攻撃。
計算書がやっと届いたら80冊ほど出して4千円ほど。
流石の私も本を捨てるのはしのびなく タダでもイイつもりでいたからちょっと意外。
少し儲かった気分になるけど 新刊ハードカバーばかりでこの値段では買った故人は悲しかろうω
でも趣味があるからねぇ誰でも喜んで貰ってくれやしないからヨシとする。

たったそれだけでも金より苦労を恨んでるシマツで ただでさえ身内と疎遠の私には
誰かに迷惑をかけなければ死後のシマツが出来ないことは明らかだ。
常にできるだけ身辺整理をし 身軽にいなくてはならないと思う。
実家の件も少し身内に頼んでいる部分が回を追うごとに苦痛になってきている様子が伺える。
たかが産廃業者の立会いだけでも お金も取らず時間をやりくりして行ってもらうわけで。

どんなに高価なものでも良いものでも 価値観が合わなければそれまでで他人様には
ゴミでしかない。目の前のものを取ってもらうだけでも悪いなとうっすら思う自分には
とても死後のことを情のない身内などにタダで頼むことはできなさそう。

なかなか自分のモノを捨てることは難しいのが現状だけど 親友二人に経費として贈与と共に
メシドコカタノム(違w)後始末頼むを含め 久々遺書をきちんとしたためたてみた。
そんな心配早すぎると言われるけど 転ばぬ先の杖と保全は私の身上だしな。