久しぶりに

○っ○の日記に行ってみた。
相変わらずのバカっぷりと長文には辟易ではあるのだが 今回の話題は
<a href="http://elvisjade.exblog.jp/i6">盲導犬を入店拒否された方とユニクロとの戦い(?)である。</a>

企業として盲導犬入店可とし且つその旨を店頭に表示してあるにも関わらず
末端教育が不能で入店拒否をされたとの話である。
当事者は淡々と書いておられるが それについて正義の味方気取りで糾弾する
○っ○や 当事者ブログのコメント欄に「○っ○の日記からきました」などと書くような
コメ欄など読みもしないが正義な人々がいるらしくデリカシーのなさを感じる

現実に体験していないことを感じられる人は稀だ。私だってそうだ。
ただねユニクロに限らず 例えば身障者などに購買層を置くような企業だって
たくさんあるというのに現実に企画立案したり製造をしたりしている人たちは
「わかってない」ってことはたくさんある。そして企業理念=自分みたいに
エラソーに社会貢献してるようなことのたまうヒラには反吐が出る。

20年ほど前に某臓器を摘出したとき 術後病院内を車椅子で疾走しまくった私が
言うのもナンだけど (夜中に院内タイムトライアルしたバカです はいw)
以来は飲食店のトイレにしても公共施設の車椅子用の経路を見ても疑問を感じる
ようにはなった。これって狭いだろ?これって不親切だろ?ダメダメだろ?と。
もちろん施工は企画段階から含めて健常者だろう。
経験者(身障者)や見識者も参加してることはあるんだろうけどね。

病気や交通事故で満足に歩けないとき こんな経験はたくさんあった。
だからと言って経験がなければ「わからない」なんてガキの戯言でしかないだろ?
ジャッキくれたり それ系に従事してる人が「自分が経験して初めてわかった」
なんてのは。。。。。センスない。これだな。

親が死んでも悲しくもないが なんだかこういうのはウルウルしてしまうのさ。
私が死ぬときは一人で死んで行くだろう。そのとき百円であっても百億円であっても
明確な相続者がいなければ私の遺産は国庫に行くだけ。
○っ○のように下世話なジャッキをくれるつもりはないが 私はここ10年ほど
友人に相続や贈与税が掛からぬ範囲で遺し 他は羽田さんとこの盲導犬協会に
寄付することを遺書にはしたためている。
それが正しく使われるかどうかは知ったこっちゃねーけど。知れないし。